2011年8月11日木曜日

ときどき壊れます

先日、尼崎青年会議所の方々とご一緒する機会がありました。
その時、いただいたのがこれ。













水飴です。懐かしいのです。うれしいのです。
人情と情緒あふれる関西の下町、尼崎。
地元の人たちは、謙遜と誇りを込めて、「アマ」(マ、にアクセント)と呼びます。
「尼からの贈り物」と題された数々の名産品のひとつであるこの水飴は、
あまりの人気に生産が間に合わず、なかなか手に入らない逸品だとか。


早速「ねりねり」してみました。



やりませんでしたか?子供の頃。
透明の水飴を割り箸につけて練っているうちに、
空気が入ってどんどん白くなるのです。
この水飴はうっすらと茶色く、練っても白くはなりません。
でも、やっぱり「ねりねり」はお約束ですから。





夢中になって練っているうちに、
心はどんどん童心に戻って行って、
「打ったるで~」と水飴バットを構えたくなりました。





試合の後だというのに、
真夜中だというのに、
こんなにハイテンション。

たぶん、疲れとんなー。

2011年8月9日火曜日

分けてほしいパワー

野球選手としては、夏休みと言ってもピンときませんが、父親としては大いに関係のある時期です。

なぜなら寛(かん)が毎日家にいるから。普段は僕の起きる頃とっくに学校に行っている彼と、試合に行く前、連日顔を合わせるのです。

うれしいか?うーん。そりゃ、子供はかわいい。でも、小学校2年男子は手ごわいのです。

家中を疲れ知らずに走り回って、悪い言葉を連発して、叱られてもどこ吹く風。

ヨメは寛と二人の毎日にすっかり煮詰まってしまって、本気の喧嘩を繰り広げています。

都合のいい時だけちょっと遊ぶならいいのですが、ずーっと顔を突き合せるには、大変な年齢です。

有り余る体力に、知力と常識が追いつかない7歳児。

小学校3年生からしか入部できない野球チームも多くあるということは、きっと3年生になってようやく、人として少し落ち着くのかもしれません。

僕の大好きな子供映画「モンスターズ・インク」では、子供の叫び声(物語の最後は笑い声)がエネルギーとして利用されます。汗をびっしょりかいて、頭からむんむんと熱気を発している子供のパワーも、何かに使えたらいいのに。

ということで、夏休みの我が家には、人影がいっぱい。

廊下をくすくす笑いながら横切っていく姿。

荷物が全部引っ張り出された押入れの、その奥から聞こえる荒い息遣い。

風もないのに揺れるカーテンの不自然なふくらみ。

寛の所属する野球部の友達が、たくさん遊びに来て、かくれんぼをしているのです。

一人でも暑苦しいのに、小学生男子がたくさんいると、家の温度がむやみに上がります。

お前ら、冬に来い。



かくれんぼブームなので、僕も時々つきあわされます。今日はゴミ箱にて発見。

2011年8月1日月曜日

夕飯は自分で作りました

おもしろき こともなき世を おもしろく 

言わずと知れた高杉晋作の辞世の句です。
たとえ目の前の現実が面白く、楽しく、ないとしても、
気持ちの持ちようで「面白く」できる、という、
彼の生きる姿勢が伝わってきます。

すみなすものは、心なりけり、とつながるそうですが、
この下の句は、第三者が詠んだとか。
いずれにしても、人は気持ち次第で出来事を
プラスにもマイナスにも変えられるんやなあ、という教訓になります。

たとえなかなか勝てず、苦しい試合が続いていたとしても。
たとえさっぱりヒットが出なくとも。

なんてすっきり悟れるような聖人君子ではないわけで、
煩悩の塊の僕は、片時も離れない野球の、試合の、打席の、
それらの結果を、エンドレスでリピートしております。
当然そんなことしか考えていないから、顔つきは険しくこわばり、笑顔は、ない。
早朝の新幹線で東京から地元に戻ったら、
「すごい顔してる・・・」とヨメに指摘されました。
「明日からのゲームに向けて、リセットしないとね」

「おいしいもの作るから、ゆっくりしてて」とにっこり笑ったヨメは、
この数時間後、外出先のつまみ食いで食中毒になり、
まるっきり機能しなくなりました。

面白いやんか。